非友好国に対するロシア特許権の取り扱いについて

ロシア政府は2022年3月8日より施行される政令第299号として、非友好国(日本を含む)が保有するロシア特許権等(実用新案権、意匠権を含む)に対するいわゆる強制実施権について、補償金として支払われる対価(実施料率)を実質的に0とする決議を発表した(※1)。ここで、いわゆる強制実施権とは、特許権者等の同意なしにその特許発明の実施を認める権利であり、我が国の特許法にも不実施を理由とする法定通常実施権の規定が存在する(特許法第83条)。強制実施権は、特に医薬品に関する特許権に関連して、WIPOの特許法常設委員会(SCP)などで毎年議論されている議題の1つであり、それ自体が目新しいものではない。

上記決議は、本来であれば相応の実施料相当額が支払われるべきものが支払われないことは特許権者らの不利益に繋がることは間違いなく、ロシアで取得した特許権等による保護を実質的に弱めるものと解される。当職も、この情報を初めて受け取った時点では、どのように解釈すべきか分からず、当惑していた。

しかしながら、最近になって当事務所に寄せられた現地代理人のコメントによれば、強制実施権の設定は国家の安全・国民の生命及び健康保護を目的とする場合かつ緊急性が認められる場合に限られ、極めて限定的な場合にしか発動されないもので、実際に発動されたのも過去2回にとどまり、その際に支払われた実施料も実収入の0.5%とかなり少額(要するに、もともと低い実施料率が設定されるものであったと理解される。)であったという。さらに、強制実施権の設定は個別具体的に政府の特別決議が必要であるので、その他の「通常の(※強制実施権が設定されない)」特許権等を侵害する事案についてまで、ただちに保護が制限されるものではないとも指摘している。

従って、現地代理人のコメントを踏まえれば、上記の決議によってただちに実害がでるほど強制実施権が乱発される可能性は低いはずであり、現時点でそれほど大きな混乱を生じさせるものではないとも考えられる。また、特許権の効力は産業政策上の見地から各国がそれぞれ定める原則から考えると、もし仮に今般の強制実施権が乱発され、知的財産権の保護が著しく不十分になれば、その国への開発投資が消極的になることは当然であると思う。

なお、商標権については、主に並行輸入品を念頭に「保護が剥奪される」可能性のある商品のリストを公開するとしており(※2)、本件と併せて今後の動向を注視したい。

===
参考
※1 https://www.euractiv.com/section/global-europe/news/russia-legalises-intellectual-property-piracy/

※2 Federal Law No. 46-FZ of March 8, 2022 states that “the Russian government may have right in 2022 to take decisions stipulating inter alia a list of goods (groups of goods) in respect of which the provisions of the Civil Code of the Russian Federation on the protection exclusive rights to the results of intellectual activity, expressed in such goods, and the means of individualization by which such goods are marked, cannot be applied.
(2022年3月8日の連邦法第46-FZ号は、「ロシア政府は2022年に、特に、当該商品に表現された知的活動の成果に対する排他的権利の保護に関するロシア連邦の民法の規定、および当該商品が表示される個別化手段が適用できない商品(商品群)のリストを規定する決定を行う権利を有する」と規定する。)

ちなみに、ロシア国における並行輸入についてはもともと禁止(すなわち権利行使を容認)されていたところ、偽造品か否かで区別し、品質が十分に担保される商品(いわゆる我が国でいう真性品)については権利行使を制限すべきとした最高裁判決が2018年に出ている。この判決例についての詳細はこちらを参照されたい。