弁理士に課せられる守秘義務と守秘特権との関係について

2020.08.01 

当職の経験上、主に新規の相談者からの要望として、相談内容に秘密事項が含まれるので、相談に先立って秘密保持契約書(NDA: Non-Disclosure Agreement )を交わしたいという要望を受ける場合が少なからずある。もちろん、当職の場合、ご相談に際してNDAにサインすることはやぶさかではないと回答したうえで、そもそも弁理士には職業倫理上、高度の守秘義務が課せられおり、違反に対しては厳しい罰則が科せられること、及び、依頼者の秘密は裁判所からの開示命令に対してすら拒否できる証言拒絶権(※1)を有していることを伝え、「NDAを交わすか否かによらず、秘密が漏れることはありませんので安心してください」と回答している。

このように、証言拒絶権は、依頼者が安心して職業代理人に秘密を開示し、十分に情報を与えられたうえで適切な法的アドバイスを受けるために極めて重要である。

この証言拒絶権に関連して、知的財産権に関する国際会議(※2)では、いわゆる”ACP: Attorney-Client Privilege “(クライアントと特許アドバイザー間の通信の秘密)がいかにして保護されるべきかという点について、長年にわたり議論されている。問題の所在は、米国をはじめとする諸外国の訴訟制度には、国境を越えて作用する強力な(強制力を伴う)証拠開示制度がある一方で、各国法制の相違により特許アドバイザーとクライアントとの通信の秘密についての保護が、十分に認められていない国があるという点にある(※3)。

この点に関して、
「そもそもACPは専ら各国国内法の問題として、各国ごとに処理すべきである」
という主張が一部の国から述べられている。

しかし、秘密状態を脱した情報をもとの秘密状態に回復することは、たとえ国境をまたいだとしても不可能であり、一国でも「蟻の一穴」が起こればその影響は必然的に他国にも及ぶことになる。もし、通信の秘密が国際的枠組みで保護されないとすれば、秘密保持が担保できない国での企業活動にブレーキがかけられる要因となり、当該国は例えば優れた発明が実施に適さない国とみなされるなど、直接的又は間接的に、経済発展の利益を享受できないといった不利益を被ってしまうかもしれない。クライアントと各国の特許アドバイザーとの間の通信の秘密の本質は、むしろ国境を越えて保護されるべき”クライアンの権利”であるともいえる。他方、通信の秘密が過度に保護されることにより懸念される弊害、例えば、知っている公知技術を敢えて隠すといった不適切な行為は、少なくともわが国においては、客観的に見て保護に値する利益を有しないとして、証言拒絶権は当然に認められないと考えられる。

従って、私見としては、ACPについては各国国内法の問題として処理されるべきではなく、国際的な枠組みの下で適切かつ十分な保護が与えられるべきものであるといえる。大陸法と判例法といった各国法制の相違にも考慮しつつ、全ての国で確実な保護が担保される最低限度の条件(ミニマム・スタンダード)を設定し、徐々にそれを拡大していくやり方(ソフト・ロー・アプローチ)が、最善の方法である。

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※1 民事訴訟法197条1項2号
第百九十七条 次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。
 一 第百九十一条第一項の場合
 二 医師、歯科医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、弁護人、公証人、宗教、祈とう若しくは祭の職にある者又はこれらの職にあった者が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合
 三 技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合
2 前項の規定は、証人が黙秘の義務を免除された場合には、適用しない。

※2 特許法常設委員会(SCP: Standing Committee on the Law of Patents)

※3 そもそも”代理人”の資格付与の原因が、国によって均一でない。わが国の弁護士や弁理士のように、国家資格として付与されるのではなく、より簡易な要件(例えば、大学の法学部を卒業した等)で代理人になることができる国もある。