商標出願の重要性

営利/非営利や法人登記の有無を問わず、また個人商店、店舗、個人事業から中小企業、公的団体、大企業など、およそ事業を営む事業体の数だけ屋号があり、またその事業で取り扱う商品やサービスの数だけその名称がある。これらの名称と紛らわしい名称を、同種の業種で無断で使用された場合に、使用の停止(差止請求)、名称の変更、混同防止措置等を求めることができる権利が、商標権である。現在2020年12月なので4年半前の統計情報だが、経済産業省の統計によれば、平成28(2016)年6月1日現在、我が国には、385万6457企業、 事業所数は557万8975事業所が登録されているという(※1)。

商標登録出願の出願書類は比較的シンプルであるため、インターネットの情報や書籍等を参照すれば、やろうと思えば「本人出願」することもできるかもしれない。実際、特許出願の相談は特許事務所に依頼するが商標出願の手続は自分で(社内で)するというケースも多いようである。商標が十分に識別力のある商標であり、事業内容もシンプルで記載すべき指定商品や指定役務も明確であり、先行登録商標も見つかっていなければ、代理人を利用しなくてもスムーズに商標登録できるケースは多いと考えられる。そうすれば、代理人手数料を節約できるからである。たとえ出願書類の不備による補正指令や拒絶理由通知を受けても、その後適切な補正によって不備を治癒できれば、無事商標登録はされるかもしれない。

しかし、出願に際して、出願商標が登録要件に照らして適切かどうか、指定商品や指定役務の記載が現在及び将来の事業をカバーする適切なものであるかといった判断は、高度な法律的判断を伴うものであり、見た目よりもはるかに難しい。出願から何年もたって、出願が拒絶されたり却下されたりしてしまうリスクを少しでも下げられることを考えれば、職業代理人である弁理士を利用することは価値ある選択であると思う。

当事務所の最近の例をみる限り、出願から登録査定までの間に拒絶理由通知などを一度も受けなければ、早期審査事情説明書を提出していなくても、出願から6か月前後で登録査定を受けるものもある。しかし、拒絶理由通知を受けたり、引用された先行登録商標に対してアサインバック交渉や不使用取消審判を経由するなど、やや”遠回り”した場合、1年以上かかることは決して珍しくない。当事務所の場合、受任に際しては必ず少なくとも1回以上はヒアリングを行い、法人であれば定款の記載事項を確認させていただき、出願商標の使用態様、事業の沿革や今後の展開、外国展開の有無といった将来の事業の多角化の可能性などを詳しく伺ったうえで、先行登録商標の調査や出願に必要と思われる情報の入手を行い、当事務所としてベストと思われる出願方針を提案するように努めている。

近年は、商標登録を受けたが、その後同業他社が登録商標と類似する商標を同種の商品等に使用しているといって相談にこられるケースも増加している。このような場合でも、特許権侵害事件の場合と同様に、いきなり提訴することはないが、事実関係を調査したうえで、事前に相手方と書簡でのやりとりをし、必要であれば提訴に踏み切るといったステップを取る。或いは、外国で商標登録を受けてしばらくして、現地の代理人を通じて商標の使用許諾(ライセンス)契約を希望され、条件について交渉中といったものもある。交渉がスムーズにまとまるケースはそう多くはないが、現地で信頼できるビジネスパートナーが見つかれば、ビジネスチャンスにつながることもある。逆に、外国で模倣品が出回っていることを確認したが商標権を取得していなかったため、ブランド戦略に支障をきたしたり、無用な費用や労力を費やすことを余儀なくされるといったケースも散見される。このようなケースの多くが、もしその国で早期に商標権を取得していれば、より低コストでスピーディーに対処できたであろう思われるケースである。我が国への商標出願、商標登録は、そこで完結することはなく、登録と同時に維持年金の管理と更新申請の期限管理が発生するし、外国出願を行う場合、その後国際条約等を利用して各国に展開するための基礎出願或いは基礎登録につながる。したがって、中長期的な視野に経ち、ブランド戦略の観点から計画的に進めていくことが肝要であると思う。

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※1 平成28年経済センサス‐活動調査(確報)産業横断的集計<要約>
https://www.stat.go.jp/data/e-census/2016/kekka/pdf/k_yoyaku.pdf