欧州特許における自己衝突(selfーcollision)と毒入り分割出願について

2019.11.21 

わが国では、特許出願時に未公開である”他人の先願”(いわゆる未公開先願)の存在によりその特許出願が拒絶されることはあっても、”自分の先願”で拒絶されることはない(特許法第29条の2)。「自分の」とは、厳密には、「発明者同一」又は「出願人同一」の場合である(同条括弧書き及び但し書き)。しかし、欧州特許出願では、括弧書きや但し書きの規定が存在しないため、まさに”自分の先願”によって拒絶されるという問題が生じうる。これは、自己衝突(self-collision)と呼ばれている。

実施例に記載した事項であっても、出願時に全てをクレームアップするとは限らない。将来の補正に備えて細かな実験条件等を実施形態として開示しておく必要があるし、なにより拒絶理由通知などで引用文献が明らかになるまで実施例中のどの記載事項が先行技術との対比において有意義な限定事項となるのかは、出願時点では必ずしも明らかではないからである。或いは、優先権主張出願を行う際にクレームを上位概念化した記載に書き換えるということも考えられる(※1)。しかし、特に出願件数の多い企業などでは、出願公開までの1年6月を待たずに実施形態がほぼ同内容の関連発明について別出願をするケースにおいて、先にした自己の出願によって後の出願が拒絶されうる。自己衝突の問題は、欧州のほか、中国、オーストラリア、インド等(他にもいくつかあるようである。)に特許出願する場合に特に注意すべき点の1つである。

自己衝突に絡む他の問題として、いわゆる「毒入り分割出願」問題が知られている。例えば、わが国に最初にした特許出願(基礎出願)の請求項に記載した下位概念のクレームを、優先期間内に上位概念化したクレームをPCT出願する場合を想定する。上位概念化されたクレームはPCT出願で初めて追加された事項であるから、新規性や進歩性判断の基準日はPCT出願日(国際出願日)となる。そして、このPCT出願が欧州特許庁に移行され、それが後に分割出願されたとする。この分割出願が公開されると、基礎出願に記載されていた下位概念のクレーム部分は、分割出願が親出願の先行技術となってクレーム全体が拒絶される。これは、従前の欧州特許庁の実務(※2)であり、いわゆる「毒入り分割出願」(毒入り優先権)と呼ばれている。

欧州特許庁の拡大審判部による2016年11月29日の審決(G1/15)では、上位概念化されたクレームのうち基礎出願に記載されていた部分について部分優先権が認められるという解釈がなされることになり、「毒入り分割出願」問題は解消された。

中国ではどうか。毒入り分割出願問題を中国では聞いたことがないがわが国特許法第29条の2括弧書き及び但し書きが存在しないことが自己衝突の原因である点は欧州と同じであるので、同様の問題が起こる余地はあるといえる。もちろん、同条括弧書き及び但し書きが存在しないその他の国においても同様である。上述の拡大審判部審決のように法律を改正することなく部分優先権の解釈で解消できるならば、出願人にとってはそれが一番好ましいと考えられる。

また、そもそも論かもしれないが、私見としては、「わが国特許法第29条の2括弧書き及び但し書き」に相当する条文を加えて自己衝突が生じうる直接の原因を取り除く立法的解決が、もっとも好ましいと考えられる。特許法は意匠法や商標法などと比べると各国のハーモナイゼーションが進んできているが、self-collision問題はなお各国で制度の一致をみない点で、問題であるといわざるを得ない。なお、小職が知る限り、少なくとも欧州においては自己衝突の問題は引き続き議論が続いているため、近い将来、立法的解決が図られるかも知れない。そうなれば、その他の国もこれに続く可能性が期待される。

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※1 もっとも、このような実務はあまり推奨されないもしれない。優先権主張出願の出願書類を作成するときは、可能な限り基礎出願の記載を変更せず、別途請求項や段落、図面を追加して記載することが好ましいといえるであろう。
※2 包括的なクレームについて部分優先権を認めないとした拡大審判部審決(G2/98)の判断基準に依拠する実務である。