非公開特許制度の導入について

2020.08.14 

「特許制度は、天才の火に利益という油を注いだ(The patent system added the fuel of interest to the fire of genius)」は、米国の元大統領リンカーンの有名な言葉として伝えられている(※1)。特許制度とは、「新規発明を公開した代償として一定期間独占排他的権利を付与する」ことを基本原理とする制度(※2)である。すなわち、原則論からいうと、出願人(特許権者)の立場からみた場合、公開による損失と独占権による利益は釣り合っていなければならない。不十分な開示に対して不釣り合いな強大な権利を付与することは、特許制度の基本原理に照らして許されない。より強い権利を取得するには、より詳細な開示が求められるのである。すなわち、特許出願するとは、発明を公開することと等しいともいえる。それゆえ、例えば、製品を解析するだけでは製造方法を知ることが不可能な製造技術などは、特許出願日から20年間の独占排他的権利を取得することよりも、公開することによる損失の方が大きいと判断される(※3)。

しかし、堅牢なサイバーセキュリティー網をかいくぐってでも他国やライバル企業の技術情報を不正に窃取しようとする個人や組織が暗躍すると言われる昨今の状況下において、特許による保護を求めて特許出願された技術が一定期間経過後には無償かつ無制限にインターネットを介して全世界に公開されるわが国の出願公開制度は、技術流出の観点から一定の制限が課されるべきといった議論がなされている。特に、技術流出による甚大な損害の恐れがある国防上の重要な技術などで、そのニーズが高まっているようである。

一般に、法制度は各国の歴史や文化や価値観等に根ざしており、大きな枠組みとしては、判例法(英米法)か成文法(大陸法)かといった相違があるため、各国ごとに異なることが通常である。そのため、特許制度も基本的には各国ごとに独立しており、権利の効力も権利解釈の方法も、各国ごとに異なる。しかしながら、特許法に関しては、パリ条約・特許協力条約・TRIPS協定・特許法条約を始めとする種々の条約の影響もあり、国際的なハーモナイゼーションが今なお進んでいる。各国の特許法は、長い目で見ると、少しずつではあるが、徐々に似通ったものになってきている。2007年11月に合意された日米欧・三極共通出願様式の導入、2012年の法改正(AIA; Leahy-Smith America Invents Act)により先発明者主義から先願主義に移行した米国特許法、期限の回復について制限を緩和したわが国特許法なども、その例と考えられる。

他方、安全保障等の観点から出願公開を制限する制度を有していない国は、20ヶ国・地域(G20)では、日本とメキシコのみという。例えば、米国の場合、近年の法改正で出願公開制度が導入されたが、「国家の安全」をはじめとして出願公開が制限される種々の場合について規定している(AIA§122b)(※4)。これらを背景に、わが国でも特許取得段階で強いられる技術情報の公開時に他国に技術情報が流出のリスクを回避する制度「非公開特許制度」(仮称)を導入する政策提言( 技術安全保障研究会提言)が出されており(※5)、これを受け、来年(2021年度)の通常国会で法改正を目指す方針とのことである。恐らく、現在の特許法第64条第3項の次に第4項を追加して公開が制限される場合について規定が設けられるのではないかと思われる。

私見としては、公開を制限することによる技術流出防止の一方で、出願人の不利益として、例えば出願公開を条件に拡大先願の地位を認める特許法第29条の2の効果(後願排除効)が得られなくなることなどが考えられる。規定を設けること自体は簡単であるが、制度の実効性を担保するためには、制限の対象となる出願をどのような基準で誰が定めるのかという点や、出願人の意に反しても公開を制限する制度設計とするのか、我が国以外では公開の制限が課されない外国から出願されたものも対象とするのか、逆に、我が国で公開が制限された出願をPCT出願や外国出願した場合にも国際公開や各国特許庁による公開が制限されるようにするのか、早期審査などにより出願公開前に設定登録された場合に特許掲載公報の公開までも制限するのか、後願特許査定時には未公開の先願が後日公開がさたために後発的に29条の2に該当するに至った後願特許の無効理由を「後発的無効理由」とするのか(※5)、といった点について綿密に定めておくことが必要になるのではないか。

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※1 この言葉は米国旧特許庁の玄関に刻まれていたという。
※2 余談ながら、特許制度は「人為的取り決め」にあたり、わが国の「特許法上の発明」には該当しない。なお、特許制度の運用を円滑に実現するためのサーバーやデータベース、AIを用いた方式チェックや質問回答システム、インターネット出願ソフトなどは、特許による保護の対象となると考えられる。
※3 この場合、実務的には、保護すべき技術は特許出願せず「営業秘密」として適切な管理下におくことで、万一営業秘密の流出に対しても迅速に権利行使できる体制をつくることが最優先となる。タイムスタンプや公証制度を活用し、発明完成の事実や不正競争防止法における営業秘密の3要件を満たすことを証明する資料を準備しておくことが極めて重要である。
※4 米国特許法 特許庁仮訳 https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/usa-tokkyo.pdf
※5 ルール形成戦略研究所(CRS: Center for Rule-making Strategies) 「技術安全保障研究会提言」
~「諸外国並みの技術安全保障体制の構築を」~
https://crs-japan.org/wp/wp-content/uploads/2018/10/%E6%8A%80%E8%A1%93%E5%AE%89%E5%85%A8%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A%E6%8F%90%E8%A8%80.2018.10.10..pdf

※6 この点については、査定時に未公開の先願が存在するにもかかわらず特許された場合でも、後発的無効理由ではなく、後日の公開をもって特許法第29条の2(特許法第123条1項2号)で無効にできるとする裁判例(知財高裁平成17年(行ケ)第10437号)がある。普通に考えると審査官は公開を待って29条の2で拒絶すべき事案であったと思われる。