特許出願人の住所表記等の変更手続について

特許出願人の住所表記や会社名が変更された場合、遅滞なく特許庁に届け出る必要がある(*1)。工業所有権に関する手続等の特例に関する法律施行規則第4条には、「遅滞なく」とあるが、遅滞したり届出を怠った場合、出願人にどのような不利益があるだろうか。罰則が設けられている訳ではないが、以下のような実質的な不利益(コストと手間の増加)が考えられる。

典型事例として、我が国に最初になされた国内特許出願に基く優先権を主張してPCT出願を行う場合を想定する。すなわち、基礎出願(特許出願)の出願人の住所表記と、PCT出願の出願人の住所表記とが不一致、つまり、「優先権証明書」の住所表記がPCT国際出願の住所表記と一致しない場合である。

国際段階では、出願人住所の一致性が審査されることはない。そのため、国際段階では住所表記等が基礎出願のそれと異なっていても特に問題は生じないと考えられる。しかし、国内段階では、各国は我が国が発行した「優先権証明書」を用いて当該出願の優先権の有効性を判断することになる。従って、優先権証明書の住所表記とPCT出願の出願人住所表記とが不一致であると、指定官庁によっては、優先権を認めないかもしれない。優先権の有効性を認めるか否かの判断は各国に委ねられているからである。もちろん、記載の不一致には正当な理由があり、同一性を証明できれば問題はない。しかし、国によっては、住所変更の前後が記載された登記簿謄本などを要求したり、更にはその国の言語の翻訳文を要求するかもしれない。しかも、PCT出願は「国内出願の束」である。移行国が多数あれば、各国ごとにこの面倒な手続をしなければならない。第1にコストがかかるであろう。手間もかかるしさらには実体審査への係属も遅れることであろう。適切な対応をしなかった場合、パリ条約4条D(4)に規定する「優先権の喪失を限度」とする不利益を出願人に与えるであろう。

このような理由から、基礎出願(国内出願)の出願人住所表記と、PCT出願の出願人の住所表記は、一致させておく方が良い。住所を一致させる方法は以下の2つがある。

一つは、PCT出願の国際段階で出願人の住所表示変更手続を行うこと、
他の一つは、特許庁に登録されている住所を変更すること、である。

後者の手続は理想であるが、住所表示変更手続が登録されるまでに2週間程度を要する。PCT出願の優先期限に間に合わない場合に問題が生じる。住所変更の差出日はPCT出願の前にできるとしても、その場合に住所変更後のが反映された優先権証明書が発効されるかどうか、優先権送付請求書をPCT出願時に送付する「通常の優先権の処理手続」によっては確認できない。
優先権送付請求書とは、特許庁に優先権証明書を発効してもらいそれを国際事務局に送付することを請求する書類である。通常、1,400円の印紙を貼ってPCT出願と同時に提出する。(但し、最近は弊所ではDAS(デジタル・アクセス・サービス)を利用するようにしているので、「通常の手続」は変わってきているが。DASについては本題から離れるので割愛。興味がある方は https://www.jpo.go.jp/system/process/shutugan/yusen/das/gaiyo.html  などを参照のこと。)

しかし、PCT出願間際に国内の住所変更手続を行った場合、国内段階での住所変更が反映されない状態で、国際事務局に優先権証明書が送付されてしまう恐れがある。優先権送付請求を受理した受理官庁(特許庁)は、出願人を介さずに直ちに国際事務局に優先権証明書を発効し、送付してしまうため、出願人が住所変更が反映された優先権証明書であるか否かを確認する機会はないということになる。

この問題を回避するための方法として、PCT国際段階で優先権送付請求を行わず、優先権証明請求書により、優先権証明書を住所変更登録完了後に入手し、優先権証明書の提出期限(優先日から16ヶ月以内)に国際事務局に直接送付するという方法が考えられるが、それはそれで手間がかかり、代理人を利用すれば当然にコストもかかることになる。

一方、前者(PCT出願の国際段階で住所変更する)の場合、同様のケースが複数ある場合はPCT出願ごとに手続をしなければならない手間がある。しかも、弊所の経験では、国内移行手続の間際(期限直前2ヶ月以内)には国際段階での住所表示の変更ができないようである。その場合、各国以降後に個別に住所変更の手続が必要になるであろう。さらには、今後のためにも、どちらにせよ、特許庁に届け出ている登録住所の変更手続は必要になる。

以上のことからまとめると、期限・安全性・手間・コストを総合判断して、PCT間際に住所表示を変更することは極力避けるべきであり、そうであれば、個別に国際段階で住所表示の変更手続をするしかない。

従って、住所表示、会社名などが変更になったときは、規則どおり、「遅滞なく」特許庁に届け出る手続を行うことが、労力及びコストの点からみて、得策である。

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*1 工業所有権に関する手続等の特例に関する法律施行規則の第4条を参照のこと
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=402M50000400041