知財業務における公証制度の活用

特許出願は特許庁に係属している限り、原則として出願日から1年6月経過後に公開される(特許法第64条)。このため、製品を見ただけでは製造方法が分からない製造ノウハウの発明のように、侵害の立証が極めて困難である発明については、独占の利益よりも公開による損失(技術流出のリスク)の方が大きいと考えられる。このような場合、敢えて「特許出願をしない」という経営判断が極めて重要となる。一般に、特許出願を行わない「技術ノウハウ」であっても、適切な管理指針の下で管理されたものに限り、不正競争防止法上の「営業秘密」として法的な保護の対象となる(注1)。

しかしながら、特許出願をしておかなければ、他社が後発であるにもかかわらず先にその技術について特許権を取得し、逆に権利行使を受けるおそれがある。このような状況を想定し、先使用権(特許法第79条第1項)を主張する準備をしておくことが望ましい。先使用権とは、特許権に対抗する抗弁権であり、これが認められると特許権の権利行使を免れることができる。ただし、先使用権の立証責任は先使用権を主張するものが負担しなければならない。具体的には、知得の経路の正当性、特許出願の時点で発明が完成していること、及びその発明の実施或いはその準備をしていることなど、特許法79条1項に規定する各要件を立証する必要がある(注2)。

公証制度を利用すれば、先使用権の成立を立証するための強力な証拠が得られる。公証人によって当該発明を貴社が「発明を完成させたこと(知得経路が正当であること)」、「現に実施又は実施の準備をしていること」等を証明してもらうというものであり、公証人の立会いの下、公証人の五感によって知得した結果を記載した「事実実験公正証書」を作成する。具体的には、「嘱託の趣旨」及び「事実実験の状況」などの項目に分けて記載した事実実験公正証書のたたき台を起案し、公証人と打合せしながら完成させる。
「事実実験公正証書」は、我が国の民事訴訟において最も強い証明力を有する証拠となる。

また別の場面では、例えば特許権侵害訴訟において特許権者に当該特許権が帰属していること自体が争われる場合(特許権が第三者から譲り受けたものである場合など)に、譲渡契約の存否が争点になることがある。このような場合に備えて、特許権の譲渡契約を証明力の高い「事実実験公正証書」によってなすことが考えられる。当事者の指示説明についての証明力を強める方法として、私署証書よりも強い証明力が認められる「宣誓認証制度」を活用するのがよい。宣誓認証制度は特許権の譲渡証書等の公的信用を付与する制度として、国際的な取引にも利用することができる利点がある。

次に、証拠力が強いのは私署証書の認証である。認証日にその文書が存在すること、署名者本人が作成した文書であることを証明する。その次に証明力が強いのは確定日付である。確定日付はその文書がその日付に物理的に存在したことを証明するもので「本人が作成した文書であること」や「その内容の正当性」を証明することはできない。ただし、電子確定日付の場合はそのデータをサーバーに保存することで、改ざんを防止できると考えられる。なお、電子確定日付は法務省のオンライン申請システムを使用して行う。手数料は一通700円、サーバーに保存する場合はプラス300円である。弊所では発明検討会議などの議事録はホワイトボードのプリントアウトや写真と共に確定日付を受けることを勧めている。
また、最近は減ってきたが海外への出願に際して、いまだに捺印に認証を要求する国もある。

このように、知財業務において公証制度を利用する場面は意外にも多い。

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注1) 営業秘密管理指針(平成23年12月1日改訂 経済産業省)
http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/111216hontai.pdf
注2) 「先使用権制度の円滑な活用に向けて」(平成18年6月 特許庁)
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/pdf/senshiyouken/17.pdf