国内優先権制度(特許法第41条関係) (3)

国内優先権制度は実務上重要な制度でありながら、知らない人・知識が不正確な方も多く、ニーズが高いということが分かりました。そこで今回は国内優先権制度のデメリットを中心に特徴、留意点をまとめてみます。

国内優先権制度のデメリット(まとめ)

1.先の出願が取下げ擬制される。

先の出願は1年3ヶ月後に取下げたものとみなされる。よって、国内優先権主張を伴う場合には、先の出願内容を全て含むように記載すべきである。ただし、明らかな誤記や検討の結果削除・変更すべきと判断した場合は別である。

2.後の出願で初めて追加した事項の特許要件判断基準日は後の出願日となる。

後の出願で初めて追加した事項は、新規性・進歩性・先後願等の判断基準日が現実の出願日となる。出願日が遡及するわけではない。このため、原則として、先の出願時のクレームと後出願時のクレームとを分けて記載すべきである。

3.基礎出願の委任状提出が必要

基礎出願を国内優先権主張出願することについての委任状が必要である。普段出願時に委任状を提出していない代理人は要注意である。(注:これがないと「優先権無効通知」を受けることになる。)

4.出願審査請求期限は後の出願日から起算して3年後である。

優先権主張しても出願日は遡及せず、 現実の出願日が「出願日」である。権利の存続期間も後の出願日から20年である。なお、PCT出願で自己指定するケースについては、国際出願日が「現実の出願日」となる。これについては別の機会に詳述する。

5.先の出願との同一性に注意すべきである。

国内優先権制度は万能薬ではない。優先期間内だからといって、使えばよいというものではない。出願を1つにまとめることはメリットにもデメリットにもなりうる。下記の参考資料で紹介する判決例(「人工乳首事件」)は、クレームを実質的に変更せず、実施例を一部加筆しただけであるにもかかわらず、 優先権の効果が認められなかった事例である。国内優先権主張をすべき事案かどうかについては代理人の意見もきき、事前によく検討することが必要である。

※この意味において、基礎出願の出願書類も非常に重要である。出願コストを下げるために基礎出願については代理人を使わず自社で出願し、後の出願である優先権主張出願から国内代理人に依頼するようなやり方は、決してお勧めできない。優先権の効果が認められなかった場合のリスクは出願人が負わなければならない。

[参考資料]

2006年3月6日に京都商工会議所で実施された京都地区会研修会(弁理士向けの実務研修会)で当日配布したレジメのテキストのコピー。当職が講師を務めました。この判決例は審査基準に載っていますし、有名ですので論文や解説記事なども非常にたくさんあると思います。

テーマ:「国内優先権主張における発明の同一性(原明細書における開示)について」

1.事例の紹介東京高裁平成14H15.10.8 4年(行ケ)539号
出願A→出願B(国優)→拒絶査定→不服審判→拒絶審決→審決取消訴訟→請求棄却

(基礎出願Aと国内優先権主張出願Bの間に未公開先願があり、先願発明の同一性が問題
となった事例)

2.資料の確認
資料1:特許出願A(H10-316899) 当初明細書全文
資料2:特許出願B(H11-288535) 公開公報抜粋(追加した実施例部分)
資料3:特許出願C(H11-85326) 公開公報抜粋(審決で引用された箇所)
資料4:拒絶査定不服審判審決(2001-20120) 審決公報全文
資料5:東京高裁判決(H14 行ケ539) 審決取消訴訟全文
資料6:特許審査基準優先権主張に関する部分の抜粋

3.本願特許(出願A、B)の技術内容の説明

・ほ乳瓶に取り付けられる授乳のための「人工乳首」に関する発明
・「乳頭部と授乳胴部の一部に他の一部よりも伸長し易い伸長部が備わっている」
→当初明細書には、図1及び[0016]段落の説明「伸長部である肉厚の薄い肉薄部122、122、122 が環状に形成されている。そして、この肉薄部122、122、122 の間にはこれら肉薄部122、122、122 と比べ、肉厚が比較的厚い剛性部である肉厚部123 が隣接して交互に形成されている。」と記載されていたが、優先権主張出願の際に、図面と実施例を追加した

(特に、図11 及び[0042]段落の説明「伸長部である肉薄部522が人工乳首500 の乳頭部120及び乳頭胴部110 にかけて螺旋形状に形成されている」と追加した)。

・本願特許の最終クレーム

【請求項1】乳幼児の哺乳窩に当接可能な先端部を有する乳頭部と,乳幼児が舌により蠕動運動を行う際に舌を波うつように移動させることができる表面を有する乳頭部及び乳首胴部と,哺乳瓶と接続するためのベース部と,を有する人工乳首であって,前記乳頭部及び乳首胴部のシリコンゴムから成る壁面の内側に,この壁面より肉厚の薄い伸長部が形成され,この伸長部に隣接して,この伸長部より肉厚が厚い剛性部が交互に形成されていることを特徴とする人工乳首。
【請求項2】~【請求項4】省略(いずれも請求項1への従属クレーム)

4.未公開先願(→資料3) 図2,5,6、及び(イ)~(チ)の説明参照
・出願Bで追加した「第4の実施態様(図11)」と実質同一

5.問題の所在
クレームは数回にわたる補正がなされたが、争点となっているのは請求項1である(当初クレームと最終クレームは一部文言の修正があるものの、実質的には同様の発明と考えられる。)。

→実施例は追加したがクレームは実質的には何ら変更していないにもかかわらず、発明の同一性が認められず、国内優先権主張の効果が認められなかったことが問題の所在。

6.審決の要約(→資料4)

そもそも、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載したものであること、に適合するものでなければならないから(特許法第36条第6項1号)、先の出願において、「上記伸長部に隣接して、この伸長部より剛性のある剛性部が設けられていること」、「上記伸長部と上記剛性部が交互に配置されていること」、「上記人工乳首がシリコンゴムにより形成されていると共に、このシリコンゴムの厚みが、上記伸長部では比較的薄く、上記剛性部では比較的厚いこと」という記載は、先の出願において当初より開示されている範囲に限定して解釈されるべきであり、先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明において、「伸長部」が螺旋形状のものをも含んでいるとは到底いうことができない。

よって、第11図に係る実施例は、本願発明に包含されるものであるが、先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されておらず、後の出願の願書に添付した明細書又は図面において初めて記載されたものというべきである。

7.東京高裁の判決文抜粋(→資料5)

「後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは,単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきであるから,後の出願の特許請求の範囲の文言が,先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても,後の出願の明細書の発明の詳細な説明に,先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の
要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。」

8.実務の指針(私見)
クレームの文言が、実際の発明からみて広すぎる場合には、特許法36条6項1号違反(いわゆる「サポート要件違反)として、拒絶理由となる。特許法36条6」項1号「特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載したものであること」は、従来は、単に、クレームの文言が明細書に記載されていれば足りるといった運用がなされていたが、今後は、発明の詳細な説明の記載からみて広すぎるクレームは、実質的判断がなされる。つまり、「広すぎるクレーム」を記載して、詳細な説明には「そのクレームの一部に含まれるにすぎない極めて限られた実施例のみ(そこから拡張ないし一般化できるような記載なし)」を記載した明細書は、文字通り、「特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載したもの」でないと判断される。近年改訂された特許審査基準の36条6項1号の「36条6項1号の規定に適合しないと判断される類型」によると、-「出願時の技術水準に照らしても、請求項にかかる発明の範囲まで、発明の詳細な記載に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合」-「請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決する手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することとなる場合」は、同号に違反する旨、追加された。
すなわち、”単なるクレームの引き写し”は、それ自体で36条6項1号の回避手段にならないということである。

本事例は、一般的には、国内優先権の発明の同一性の議論と考えられるが、その本質は、「出願当初のクレームが出願当初の発明の詳細な記載からみて広すぎた」ために生じたケースであり、後から実施例を追加しても、国内優先権制度の趣旨である「実施例追加」には該当しない、と判断された事例であると理解される。この観点から考察すると、仮に、優先権の主張がなかった場合、(※注:現在の審査基準で考えれば)36条6項1号違反の拒絶理由に該当したと考えられる。

この事件は、「クレームを広く記載する」ことは代理人として重要であるが、本来なされた発明の範囲を超えるほど拡張したクレーム(いわゆる「広すぎるクレーム」)を記載することは、決して出願人の利益にならないことを示しているといえる。